農園案内

館長の肺癌手術の闘病日記。バナナを移動しました!

8月14日の手術から、早いもので12日過ぎました。

今日は、8月17日から退院までの状況を書きますね。

8月17日~19日  17日10時頃から館長の体を拘束している様々な機器が除去されました。

    まずは、1.心電図?測定2.両手の点滴。3.排尿のためのチューブ。

    4.手術場所から出ている血の混じった液体を輩出する装置。

    5.脊髄近くから痛みを挿入する管の除去。6.酸素吸入チューブ除去。

    これで体は動きやすいので、楽になりました。

    しかしながら、点滴や背中からの痛み止めが、飲み薬に変わったために、

    傷口やチューブを抜いた傷口などの痛みが直接感じるようになりました。

    これが、本来の手術の痛みと分かっても苦しみが続く。

  テレビも1日中見ていると飽きてくる。

    痛み止めに関しては、食後3回と8時間おきの痛み止め「とんぷく」があります。

    先生も、患者の痛みの状況を見ながら痛み止めの薬の強さを決めているようです。

    館長の場合、最初の「とんぷく」は、効き目が弱く強いものに代えていただきました。

    飲む間隔も看護師さんにより言うことが、たまたま異なっていました。

    先生は、毎日朝夕2回往診に来てくれます。

    その時は、色々質問したり、お願いをすることがベストのようです。

    強い「とんぷく」に代えてからは、効き目が少なくなる6~8時間後を

    除いて楽になった。効き目が無くなる、1~2時間は痛みが厳しい。

    飲み薬になってからは、美味しい食事も痛くて食べる気にもなりませんでした。

    おかずだけは、出来るだけ食べるようにしました。

    手術がは、発熱が出ますが、病院では37.5度以下であれば、平熱扱いでした。

    熱は、退院まで36.8度から37.3度を下がらなかった!

    館長も退院後は、37.5度以下の熱は気にしないようにします(笑い)。

    手術中に受けた左腕の筋肉痛のような痛みは、無くならない!

退院までの一番の苦痛は、腕の筋肉痛であった!

    ICU室(1日)から個室(2日)に移った3日間は、看護師さんが付きっきりでお世話してくれました。

  個室をお願いしたのですが、個室はコロナの患者さんに使用されて、一般病棟には

    少なく、館長の希望はかなえられなかった!

    しかし、4日後から4人部屋に移ると、ベルを押してもなかなか、看護師さんは

    来てくれないことが多いです。重症者者から軽症者に変わったので仕方がないですね。

    コロナの関係で、患者さんお家族が病室に来れないので、家族の替わりに看護師さんが

    患者の面倒を看てくれます。本当に看護師さんに感謝!感謝でした!

    コロナの集団感染を防止するために、毎日1~2回大部屋の病室の全てをアルコールで拭いてくれます。

    現在の病院は、コロナの影響をすごく受けていると感じた。

    もちろん、命の危険を感じながら患者を診るコロナ病棟も大変ですが、人数もコロナに

    割かれて、人数が減った一般病棟も忙しさの点では大変と感じた。

    傷の痛みで、排便が出来ませんでした。入院6日後に下剤と館長で排便が出来て

    ホッとした!

    様々な、器具が体から除去されたので、一人で病院内を散歩する。

    しかし、急ぐと酸素が不足して苦しく感じる。深呼吸をしながら散歩する。

    息が苦しいと、死を感じるような危機感を味わう。

首の頚椎症の病気を持つ館長は、事前に先生にご報告して、麻酔時の区部に傾きや

    手術中の首の傾きを注意していただくようにお願いした。

    入院中のベットに座る位置やベットの傾きは、自分で頸椎にストレスがかからないように

    最新の注意を払いました。

8月20日退院。

    予定通り、手術後から6日で退院できました。

    退院の準備も、家族が病室に来れないので、自分で行う。

    結局最後の1日だけ、シャワーの許可が下りたが、傷口が痛いので、自分では無理と判断して

    諦めました。

    退院時に、先生は、「退院後は、普通の生活をしてよいと」おっしゃりました。

    勿論、痛み止めも沢山いただいて自宅に帰る。

    英子社長と娘の迎えのもとに、自宅に帰りました。

    7日ぶりに、ハウスの行く。

    予想以上にイチゴや野菜や南国フルーツが、元気でした。

    歩くと、足が上がらない、呼吸が苦しいなどで、早々に自宅に帰る。

    従業員の皆さんに会えて嬉しかった

    一番喜んでくれたのは、館長の留守を全て受けてくれた副館長の穴山君であった。

昨年から栽培を始めた島バナナは、何時頃花が咲き収穫時期が何時になるのか、わかりません。

1.9月までに花が咲けば、自宅の庭で収穫。

2.9月以降に花が咲いた場合は、一番背の高い育苗ハウスで収穫。

3.今年花が咲かなければ、島バナナの収穫は、諦めます。

写真1.果物と野菜ハウスの島バナナ。館長が心配していたように島バナナの新葉が、

   ハウスの天井にあたっていました。

写真2.入院前に自宅の庭に移動した島バナナ。新葉が元気に出ています。

写真3.南国フルーツハウスの島バナナを背の高い育苗ハウスに移動。

    万一、11月頃に花が咲き収穫が12月以降に遅れる場合は、

   暖かい、育苗ハウスで収穫予定。

写真4.育苗ハウスに移動された島バナナ。まだ天井までは1メートルぐらい余裕があります。

    これで、天井に新葉が当たったら、これ以上高いハウスがないので、諦めです。

 

 

 

 

館長の肺癌手術闘病日記(8月13日~8月16日)と入院中の果樹の生育状況

今後、肺癌で手術される患者様に、少しでも手術後の状況が分かるように

書きました。少しでも参考になれば良いです。

8月13日の午前11時に入院手続き。

病院までの到着時間は、車で約1時間ぐらいです。

何時も明るく、よくしゃべる英子社長は、一言もしゃべらない。無言の20分でした。

手術は、14日の14時から16時頃と説明を受ける。

8月13日の14時から、手術担当の医師から、手術の内容について詳しく説明を受ける。

予想していたが、手術が難しいので、手術時間も長く危険度も高いことが分かった。

もうすべて、私の人生を先生にお任せするしかない・・・・・。

入院すると、コロナの感染の関係で、家族と言えど面会はできない。

先生から400人に一人は、手術により死亡する可能性があることを知った!

夜、急遽遺言状を作成。実印などないので正式なものではないが・・・。

72歳までの家族に対する感謝と相続争いの内容に書いた。

8月14日、前の手術2件が早く終わり予定より手術が14時半頃に始まる。

    ICUのベットは、異常に狭かった!

    脊髄横に2種類の麻酔薬が点滴できる中部を挿入した。

    その後、全身麻酔で、何も覚えていない。

    18時半ころ、先生と息子から手術の成功の説明があった。

8月15~16日4時頃前が覚める。いつも館長が起きる時間である。

    体は、酸素吸入器・心拍測定器・両方の手は、点滴チューブ。脇腹には、

    腹水(?)を出す2Cmぐらいのチューブ。尿道に排尿のチューブ。で固定されていた

    閉所恐怖症の館長は、体が動かせないとに対するストレスが増していく。

    病室に戻れるのは、早くて11時頃と聞いた。待てよ、7時間この体制で

    過ごすのか?羊が1匹・2匹と数えても時間は進まない。

    ICU室であっても、テレビが見れることを聞いた。

どんな時も、自分の希望を伝えると希望が叶うこともあります。

    看護師さんのご協力で、急遽ICU室のテレビを運んでもらった。

    これにより、10時の病室移動までの6時間を何とか過ごすことができた。

   病室は、ナースセンターに一番近い部屋であった。14日の手術の中で館長が

   一番危険であった証明である。

   点滴による麻酔で、想像以上に痛みがない。いや、皆無と一て良い。

   1日目から歩行訓練に入るが、痛みがないので苦にはならない。

ところが左腕や肩が筋肉痛のような激痛が走る。麻酔では効かない!

   先生に原因を聞くと、肺(上葉)の摘出手術中、左腕が邪魔なので左腕を

   吊っていたようです。

   しかし、これまで何気なく無意識で酸素を吸収するために、呼吸している。

   肺(上葉)を除去した今日は、意識的に呼吸回数を増やして酸素を補充する。

  ここで、初めて肺と呼吸による酸素吸収が、いかに重大かが分かった!

同時に、手術として大変なことも理解したと言うより、肺がんの手術を

  軽視していた自分に気が付く!

  痰は、少し血が混じるが問題ないそうだ!3~6回/日でるが、

  16年前にたばこをやめたことと、入院前に練習していたので、苦にはならなかった!

  毎日、レントゲン撮影に行く。待ち時間がないのが良い!

  遠い場所なので、車いす移動であった。

  痛みがないので、3食十分食べられた。

  食事も煮物・野菜・肉・おひたし。デザートの果物。どれも美味しく感じた。

8月17日からは、次回説明。

写真1.入院前に種を蒔いておいた野菜。レタスです。

レタスは、丸まるレタスと、丸まらないレタス。赤かぶ・こかぶ・ネギ。

館長の予想以上に大きくなっていました!

写真2は、ネギ2種類。

写真3.ソフトボールからハンドボールくらいの大きさに変化した晩白柚。

写真4.アセロラの実が沢山なってきました!酸味が強いので、誰も食べない!

写真5.突然花が咲いた大天梨。実が収穫できる可能性はほとんどないが、手で受粉しています。

館長は、肺がんの手術を終えて、無事、8月20日に退院しました。イチゴ苗も順調に生育。

皆さんに公表していませんでしたが、7月29日に肺がんの最終検査が終わり、

8月14日に緊急手術を行い、左の肺の上葉とリンパ節を全て除去しました。

肺がんの疑いが発覚したのが、今年の1月の人間ドックの終了後の1月末でした。

病院から精密検査を受けることを、勧められて7月に肺のCT及び、脳のMRIと全身の

ペットを受けました!

その結果、左肺の上葉中心の肺がんと上葉のリンパ節への転移が確認されました。

肺がんのステージは、上葉の癌のみの場合ステージ1.

館長の場合は、肺癌から上葉のリンパ節に転移で、ステージ2のBと診断されました。

リンパ節背の転移と癌の進行が速いことから、先生の判断で

緊急手術になりました。

セカンドオピニオンを検討する暇もありませんでした。

ネットで、山梨県で一番肺癌の手術を沢山実施している、病院を選びました。

その病院の一番トップの先生が緊急手術を受けてくれました。

担当の先生が、経験も豊かで運が良かったです!

手術にあたり、先生から危険度別に手術内容の説明を受けたのが、手術前日の13日でした。

危険度大1.リンパ節に転移した癌が大動脈の壁まで進攻してた場合。手術時間は、4~5時間

     ①転移している大動脈の切除と切り取った大動脈の替わりのパイプ挿入。

     ②転移していた大動脈の一部を除去して、心臓の組織を張り付ける(パッチ方式)。

危険度中2.転移しているリンパ節が、運よくペロリと奇麗に除去できた場合。

      左の上葉とリンパ節を全て除去。手術時間は、2.5~3.5時間。

抗がん剤の使用の可能性

     ①切除した肺やリンパ節を顕微鏡検査によっては、手術後に抗がん剤治療を追加。

危険度最大。肺の切除と同時にリンパ節除去と大動脈手術は、危険度が高く、400人に1人の手術が

     失敗する可能性があります。

     13日の手術直前に説明を受けたので、急遽13日の夜中にメモ程度の遺言状を書きました。

     まさか、手術当日に死ぬことは、考えていなかった。

肺癌は、昔から死亡率が高く、再発性が高いのが知られています。

①近代医学の進歩

②手術で肺癌部位が除去できた。➡再発の可能性が少ない。

③癌の再発と転移が起きても、その部位みよっては、近代医学で治療可能(館長の勝手な推測)

まだ、手術後5年ぐらい、生きていられると考えています。

14日の手術結果は、危険度中で、運よくリンパ節の転移した癌が奇麗に取れました。

手術時間も約3時間でした。

ICUで先生から手術の説明個聞いて、「先生の手術の腕」と「館長の運の良さ」に感謝しました。

明日からは、14日からの治療状況などを書きます。

病院は、コロナ禍の関係で、家族の病室への入室は、厳しく制限され、禁止でした。

8月20日に退院して、すぐにイチゴのハウスと南国フルーツと野菜ハウスに行きました。

どちらも、館長の留守に良く生育していました。

写真1.夜霊処理を行うハウス。少し生育が遅れ気味です。

写真2.半夜冷処理のハウス。

写真3.遅い夜冷処理のハウス。今年から、異常気象に細かく対応するために追加しました。

写真4.仲間に依頼された章姫と捕植に使う苗。

写真5.切除した館長の左側上葉とリンパ節。上葉は、館長の予測以上に大きかった。