館長の肺癌手術の闘病日記。手術後2年間、癌は再発しませんでした!

7月25日も最高気温は、36.2度の猛暑日になりました。

40度のハウスは、イチゴにとっても人間様にとっても非常に厳しい環境です。

安全で安心な美味しいイチゴを皆様にご提供するためには、この40度の暑さを我慢しなければなりません。

これからは、暑さ対策のないハウスでは、イチゴも人間も潰れてしまうでしょう。

7月21日に3か月に1回のがん検診に行ってきました。

幸いと言うか、悪運が強いと言うか、手術後2年間過ぎても癌の再発は有りませんでした。

2020年1月に肺癌が、見つかりステージ3のE(リンパ節転移)と言われたときから考えると

2年間も癌が再発がしないとは、夢見たいです。

館長は前立腺癌になった時、ネットを見て手術が大したことはないと分かり安心して「小線源療法」を

受けました。

今回も肺癌のブログなど検索しましたが、ほとんど見つからず、どんな手術で退院後はどのように

生活されているかも不明でした。

そこで、今後肺癌になった患者さんの闘病生活がどのような物か参考にと、館長のブログに詳細を

書くことにしました。

まずは、経緯のご報告。

1.2020年1月27日人間ドックに行く。(退職後20年間毎年肺のCTは、自費で検査していた)。

 館長は、サラリーマン時代、1日3箱ぐらいタバコを吸うヘヴィースモーカーでした。

 肺気腫の影が、毎年少し見られたので、注意していた。

 2007年に、3回目の禁煙をした、それからはタバコを吸っていなかったので、

 肺気腫の心配は有っても肺癌にはならないと思っていました。

2.人間ドックの病院から肺癌の可能性があると連絡あり。

  この年からコロナの感染が始まり、人間ドックの病院でコロナのクラスターが

  起きたので、怖くて病院に検査に行けなかった。

3.7月15日病院に行くと肺癌のステージ1と診察された。

  別の病院でペットで診断することを勧められた。

  何のこだわりや遠慮も無く、「肺癌です」と言われて驚いたが、ステージ1なので

  完治は早いと聞いた。

4.7月16日脳のMRIの検査で異常なし。(肺に近い脳への転移も検査確認)

5.7月20日別の病院でペットで検査を受ける。

  人間ドックの病院では、手術が出来ないので、山梨県で一番手術の多い病院を選んで

  紹介状をもらった。

6.7月29日に、紹介してもらった病院でペットの診断結果の説明を受ける。 

  ステージ2E(リンパ節に転移)。

  心臓につながる大動脈の血管を削除かパッチ処理が必要になるかもしれないと言われた。

  コロナの関係で病床が空いていないため手術の日が決まらない。

  しかし、ステージ2Eのため早く手術が必要と言われ、先生のご厚意でお盆休みの8月14日に

  手術をしていただいた。

7.8月11日入院の準備でPCR検査を受ける。

8.8月13日入院、14日手術を受ける。

  左肺の上葉とリンパ節を手術で除去した。

  最悪の事態を考えて先生は大動脈の手術(削除かパッチ)を行うために広範囲にメスを入れた。

  転移していたリンパ節が予想以上に簡単に大動脈から切り取れたので、大動脈の手

  行わなかったので、予定の5時間の手術が3時間半ぐらいで終わったらしい。。

  ICUに1日、個室に1日、残り5日は大部屋でした。

  ICUは、ドクターXで見るような素晴らしく立派な機器が有るのではなく、細いベットが有ったことを

  記憶している。しかし、ICUの部屋でテレビが見れて良かった。

  コロナのために家族とは、面会禁止で寂しい思いをしました

  手術後2日目から、廊下を歩く練習をする。

手術後の痛みは、全くなく快適な入院でした。

9.8月20日退院。

退院して、真っすぐイチゴ園に直行した。車の乗り降りも息が切れる。

  正直、酸素が無いとこんなに苦しいのかと思うぐらい、息切れがする。

 イチゴのハウスを見るとホッとした。

  たった7日間の入院でしたが、体重は、12~14Kg減っていた。

10.8月27日術後の診察。

11.9月10日術後の診察

12.9月24日術後の診察。

13.9月28日抗癌剤点滴のための入院が決まり、入院前のPCR検査。

14.9月29日入院 抗癌剤治療開始。

   抗癌剤の点滴は、苦しいので強制ではなかったが、友人や家族の要望(命令)で受けることにした。

   抗癌剤の効果は20~30%なので、受けない患者さんも多いらしい。

   肺癌の抗癌剤は、一番苦しいらしいです。

   抗癌剤をすると、味覚は無くなり臭いには反応、倦怠感が出るなど、もう2度としたくない。

   コーヒーは、渋く感じて、抗癌剤実施の期間は、全く飲めなくなった。

   しかし、栄養を取るために家族から美味しいものを食べさせてくれるので、抗癌剤に

   少し慣れてきた後半は、贅沢病と感じた。

 抗癌剤の威力を一番感じたのは、抗がん剤投与から半年間は、館長の首に出ていた「イボ」が、      

   完全にに消えたのです。大きさは小さい物から5mmぐらいの大きさまで。

   抗癌剤の先生に「抗癌剤でイボが無くなりました」と言うと「抗癌剤でイボは無くなりません」

   との回答でした。抗癌剤を止めてから半年後に「イボ」が少しずつ出始めて、今では

   完全に元に戻りました。「イボ」も癌の一種と聞いていたので、抗癌剤は癌があれば

   つぶしていたのでしょう。

   美味しく感じた食べ物、白身のお魚やトロの刺身、やカレー。飲み物はリンゴジュースが飲みやすかった。

15.10月5日退院

16.10月8日検診。

17.10月22日検診

18.10月28日抗癌剤点滴

抗がん剤の副作用は、シャックリが止まらない。寝不足になる(昼間ねているからでしょう)。

食欲は無くなります。美味しい物なら食べられる。

19.11月4日診察。

20.11月19日診察

21.12月3日抗癌剤点滴

22.2021年1月7日抗癌剤点滴

   これが最後の抗癌剤の点滴と思うと嬉しくなった。

先生から「よく頑張りましたね!」とお褒めのお言葉をいただいて嬉しくなりました。

23.2月18日検診以降

   いちご狩りでお客様をご案内をすると説明したり歩いたりで、息が切れて困った。

   幸いコロナでお客様の人数も激減していたので対応できた。

   以後3か月間隔で定期検査(全身のST;造影剤を飲んで測定);血液検査(腫瘍マーカ含む)

   仕事に復帰しても半年間以上、力仕事は、体力の衰えで無理でした。

(1)毎日、万一のことを考えて、今後残りの人生をどのように生きていくかを真剣に考える。

      〇誰のために生きていくか

      〇今まで迷惑をかけた英子社長への恩返し。

      〇館長が開発し特許を得た「葉無挿し木法」や「葉無直接定植法」の全国展開

      〇残りの人生で自分がしたことは、何か?

   (2)館長の我がままで50才て早期退職して、無理やりいちご園を始めた。

      英子社長には、この20年間は、無我夢中でイチゴ栽培に取り組み、無農薬に挑戦と、

      英子社長には、好きなことをさせてあげれなかった。

      まずは、長年英子社長が行きたがっていた「利尻・礼文島の花」を見せてあげることにした。

      コロナの感染が少ないころを見計らい、7月19日から23日まで旅行に出かける。

      しかし、体調はまだ完全に戻らず、ツアーの皆さんについていくのが精一杯でした。

      特に坂道を上るのが、息切れがしけ苦しい思いをした。

      コロナで観光地は空いていたので、ノンビリ旅行が出来た。

    (3)万が一のことを考えて、東北の友人に会うために旅行を計画。

       車を運転しながら10月12日から15日まで東北地区を回った。

       やはり、坂道は息切れがして苦しい思いをした。

       長年会えなかった友人に会えてうれしかった。思い残すことはない!

  21年年末頃から、体力を使う仕事が少し出来るようになり、酸素濃度も93~95に戻ってきた。

  現在は、パートの女性に負けないよう必死に作業しています。

  体力的には、まだ負けています!74才の年齢によるものかもしれないが・・・・。

  しかし、昨年ことを思えば数段体力は回復しました。

  その結果、今年のイチゴの出来栄えは、過去最高に良いです。

23.2022年7月20日。毎年人間ドックを受け、自費で肺のCTを撮影して検査していたのに

   何故、人間ドックの病院でステージ3Bまで肺癌を見落としたかを聞きに行った。

   理由は簡単で先生の「肺癌を見抜くための力不足」と言われました。

   もっと早く見つけてくれれば、簡単な手術で、こんなに苦しまなかっただろう。

   人間ドックで早期に癌が見つかると思っていたが、見つからないこともある。

写真1肺癌が見つかる1年前の2019年に撮影した人間ドックの時のCT  

   右側の白い部分が発症前の癌です

写真2.2020年1月27日に撮影した癌の部分。右側の白く少し大きくなった部分です。

 

写真3.右が手術前の写真。左が手術後の肺の写真。左の上葉を除去したのに、下葉が植えに上がったように

見える。

写真4.手術で切り取った館長の左肺;上葉。思ったより大きい。ドクターXでは、切り取った内臓の載せている

    入れ物ですね。

写真5.肩甲骨に沿って切り開き肺を摘出したみたいです。大動脈を手術する予定だったので、

    切り口は、大きいです。

実は、手術後左の腕が妙に痛かったのです。先生に聞くと、「手術中左の腕を手術の邪魔に

    ならないように引っ張り上げていた」らしい。この痛みが3か月以上続いたが、今は

    何でもない。

 

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